2016年10月25日

ディクソン先生が育てた万平ホテル

ディクソン先生が育てた万平ホテル

ショー師は、寂れゆく軽井沢宿に別荘を建て、他の宣教師などの外人を集め、避暑に外国人が集う別荘地にしていった。

別荘都市、軽井沢を構築していくことに大きな貢献をしましたが、一方、夏目漱石も教えた帝国大学教授のディクソン先生は、 自分の別荘は設けず、宿のサービスに厄介になりました。

宿は、江戸時代からの旅籠のままであり、西洋人のためのサービスはありません。ディクソン先生は、ベッドや風呂などの風習やパンなどの食べ物を宿に教え、西洋流の生活様式やホテル文化を軽井沢に定着させることに貢献しました。

ディクソン先生が、西洋の風習を教えたのは、亀屋の主人の佐藤万平でした。それにより、軽井沢にリゾートホテルを誕生させたというわけです。

亀屋は、創業が1764年(明和元年)に佐藤万右衛門が旅籠を開業したのが起源と言われ、既に百年以上の歴史がありましたが、明治になり寂れ、碓氷新道の開通によって旅人のルートから外れ、殆ど休業状態だったと言われています。

そこにショー師とディクソン先生が現れました。明治19年の春に軽井沢を訪れた二人が泊まったのが亀屋だったのです。

その夏に二人は再訪し、避暑生活を軽井沢で送るのですが、ショー師はつるやに、ディクソン先生は再び佐藤万平の亀屋に厄介になり、これは長年続いて行きます。

万平は、こうしてディクソン先生との仲が続いて行ったことで西洋の風習を学び、西洋のホテルのサービスを身に付けていき、ついには旧来の旅籠を改め、軽井沢を訪れる西洋人のための西洋風の宿を目指すことを決意します。

当時万平は、県庁の工事監督の仕事をしていたそうですが、それを辞めて、ディクソンに教えて貰った通りパンを焼き、牛乳を絞り、魚のフライを作って、西洋人のお客に供するホテルを営んで行くことになるのです。

鉄道開通後の明治27年に、佐藤万平は亀屋ホテルを開業。今の万平ホテルが誕生します。




Posted by 冬苺庵 at 07:24│Comments(0)
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